星降る夜に

これは、願いを叶える、とある四人の物語である。

 

・金欠の男子大学生

♪星に願いをなんてさ柄じゃないけど~♪と、いつか友達が講義中に鼻で歌っていた流行りのバンドのBGMが街に響く。クリスマス前の澄んだ空気の間を抜けていくのを肌で感じながら、俺は赤と緑で装飾された商店街を歩いている。なんだか今の自分は感情的だなと、くすりとにやけそうになるのを少し必死にこらえる。ただでさえ、学校終わりに一人でこの日付でこの通りを歩くことが恥ずかしいのに,,, まあでも、少し罪悪感もあるがかなりお高い腕時計も手にはいり、ぼっちが気にならないほど満ち足りた気持ちだった。今は、ケーキ屋の向かいにある蛍光ランプに照らされた店を目指して歩を進めている。突然、着ぐるみのサンタが走ってやってきて抱きついてきた。たぶん写真撮影用のマスコットなのだろう。なかなか離れないので困っていたが、事が済んだかのように俺のもとから離れた。サンタはどこかを指で指していたので、視線を送るとその先には望遠鏡の専門店があった。無料で望遠鏡の体験会をしているらしい。そういえば、今日は星が落ちてきそうなほど、夜空いっぱいに星がひろがっていたんだと、今更ながらに気づく。時間もあるし、少し寄ってみるか。さっそく店員の指示に従いながら、丸いレンズを覗く。すると、奇跡としか言い様のない流れ星が視界に入る。俺は咄嗟に「今日だけは女の子と過ごせますように」と願っていた。

 

・28歳フリーター

世間はクリスマス一色なのに自分だけ取り残された気分だな。三十路手前で無精髭の男はそんな憂鬱さに諦めの気持ちをにじませつつ、サンタの格好をして商店街で笑顔をふりまく。ときには、カップルの写真撮影に応じながら。サンタの着ぐるみなんて来たこともないのに。なぜ、柄にもなくこんなことをしているのかというと、それは深い深い事情があるのだ。俺には20歳になる妹がいるのだが、彼女は有名な大病院でないと直せないような厄介な病気を患ってしまったのだ。もともと、定職にはついていなかったため、治療費を稼ぐために、こんな世間が浮かれる日にたまたま求人冊子で見つけた時給の良いサンタのアルバイトをすることになった。はあ、今日は流れ星がきれいだ。半分切ない思いを抱きつつ、「楽に大金が手に入りますように」とつぶやいてみる。なんてったってクリスマスなんだから、俺もプレゼントくらいもらったっていいじゃないか。そんな下らないことを考えていた矢先に、通りを歩いている若い今どきの男が、高級そうな腕時計をコートのポケットにしまっているのを見かけた。俺は本当に高額な治療費に困っていたので、天から与えられたチャンスだと思ってその男性に駆け寄り抱きついた。サンタの格好なので不自然さは薄れる。そこからは察しのとおりである。素早くそれを抜き取り、彼をテキトーに選んだ望遠鏡の店に誘導してさっさと逃げたのだ。着ぐるみだから顔バレもしていない。完璧だ。さっそく青い蛍光ランプの目立つ質屋に駆け込んだ。

 

・質屋の店主

ケーキの匂いは苦手だ。今日はなんて甘ったるいにおいがどんどん流れ込んでくる。まあ、今日は商売時なんだろう、と結露で曇った窓ごしに向かいのケーキ屋に目をやる。人で賑わうそのメルヘンチックな店を、羨ましく思ってしまう。私の店もあれだけ繁盛したらなあ。質屋を営んでいる以上、もうかる時と客の来ない時の差があるのは仕方のないことだが、ここのところとびきりの仕入れもなければ、高額で買い取る客もこない。ため息混じりの息をはき、クリスマスに流れ星とはなんてロマンティックなんだとブラインドの隙間から空を仰ぐ。「商売繁盛!」ととりあえず願ってみた。シンプルイズザベスト。その直後、玄関の鈴がカランカロンとかすかに鳴り響いた。そこには、この季節に似合わず汗をかいた20代後半の髭の男が立っていた。男の手には名ブランドの腕時計が握られており、それを引き取ってほしいと告げた。これは儲けもんだ!と直感し、相応な額の大金を男に渡し、腕時計を引き取った。その男と入れ違いになるように、若い女性が玄関の鈴をならしながら、年季の入った扉を開いた。

 

・ケーキ屋で働く女子大学生

今日はほんとについていない。同い年ぐらいの人たちがツリーのイルミネーションにはしゃいでいるのを横目でみながら、小さな女の子をつれた母親らしきお客様にケーキをお渡しする。自分でいうのもあれだが、ルックスはいいほうなので、一応看板娘をやらしてもらっている。クリスマスだというのに、彼氏もいないので、悔しくてシフトを入れすぎたことを後悔している今頃。昼には学校で腕時計をなくしてしまうし。親からもらったお気に入りの時計だったのに。はあ、ほんとについてない。今朝のニュースで今夜は流れ星が見られると、トナカイのカチューシャをつけたタレントが言っていたのを思いだす。休憩をもらって外にでると、流れ星が見えた。ナイスタイミング!と少しガッツポーツをして、「とりあえずいいことありますように!」心の中で叫んでみた。まああまり期待してないけど,,, 踵を返して店へ戻ろうとしたとき、向かいの質屋からサンタの着ぐるみをもった男の人が嬉しそうにでてきた。まだ休憩の時間があったので、これまで行ったことのないその店に入ってみようとなぜか思ったのだ。なんかいいアクセサリーはないかなあと店内を廻っていると、店長らしき人が、「ちょうどさっきお客様にお似合いの腕時計を仕入れたんですよ!」と若干唾を飛ばしながら語ってきたので、正直腕時計という言葉を出されて悲しさを掘り返されたが、そこまで言うなら買ってやろうという気になってきた。衝撃が走る。店の奥から店主の持ってきたそれは、まさに今日なくした私の時計だったのだ!こんなとこで会えるなんて,,,何円だしても買ってやる。この輝く星の砂をあしらった宝物を。私はこの溢れる喜びを押さえきれず、願いを叶えてくれた星を見ようと何やら体験会のイベントをしている望遠鏡の店の屋上まで一段飛ばしで駆け上がった。

 

・金欠の男子大学生

いつのまにか望遠鏡に夢中になっている自分に気付き、レンズから目を離すと、隣におない年ぐらいの女の子が座ってレンズを覗いていた。驚いた、自分の理想のタイプそのまんまだ。思い切って話しかけてみた。あちらもかなり上機嫌だったので、会話も盛り上がった。同じ大学で同じ学部だったことに二人して驚いたり、ケーキ屋で働いていることとかたくさん話した。運命だと思った。その後は、二人で商店街を歩き、街のクリスマスムードに溶け込んでいくのをしみじみと感じていた。街に溢れる赤色を吸いこんだように頬が紅くなった。それは、楽しそうにサンタを見つめる彼女も同じだった。街を出て彼女の家に向かう。願いが叶った高揚感と幸福感に浸っていたが、道中で何か忘れていることに気づく。彼女の家につき、コートを脱ごうとしたその時、記憶が蘇る。「腕時計がない!」質屋に売るために手に入れたのに!ポケットを探る手がせわしなくなる。「あなたも腕時計なくしたの?」「そうなんだ!星の砂の入った、、、」言葉を続けようとして一つの疑問が頭をよぎる。あなたもってどういうことだ?そして彼女は言った。「私も今日学校で腕時計をなくしたんだよね。でもね、私見ちゃったんだ、席を外してた私のカバンから腕時計を盗んで走っていく男を」

確信に満ちた彼女の瞳には驚きと焦りに支配された男の顔が映っていた。

 


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